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広島高等裁判所松江支部 昭和61年(ラ)27号 決定

抗告人

株式会社アダチ

右代表者代表取締役

足立三朗

右代理人弁護士

巽貞男

竹岩憲爾

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状及び抗告理由書のとおりである。

しかしながら、動産の売買において、売主甲が買主乙の代金不払を理由として売買契約を解除したときは、乙に引渡済の動産の所有権は甲に復帰し、かつ甲の代金債権は消滅するから、代金債権の担保として動産の上に存在した民法三二二条の先取特権は当然に消滅する。この理は、乙が第三取得者丙に動産を売渡した後に甲乙間の売買契約が解除された結果、乙が甲に動産を返還することが不能であるため、甲が乙にその履行に代わる損害賠償を請求する場合であつても同様である。所論は、右の場合において、甲の損害賠償請求権は売買代金債務の履行に代わる損害賠償請求権であつて、本来の給付である売買代金請求権と同一性を有するから、後者の請求権につき存した先取特権の効力は前者の損害賠償請求権に及ぶというが、代金債権の担保として動産の上に存在した先取特権は、先に述べたとおり売買契約の解除によつて当然に消滅するのであり、しかも右解除によつて生じた原状回復義務の履行不能による損害賠償請求権は、前記のとおり動産の返還義務の履行に代わる損害賠償請求権であつて、本来の給付である代金請求権とは別個の請求権であるから、賠償すべき損害が代金とその額において相等しい場合でも、後者につき存在した先取特権の効力が前者に及ぶ理はないものといわなければならない。民法三四六条、三七四条二項の各規定は、いうまでもなく質権、抵当権の被担保債権の範囲、限度を規定したものであり、かような約定担保物権の被担保債権の範囲は本来設定行為をもつていかようにも定めうる事項に属するから、所論のごとく約定担保物権に関する右各規定を援用することによつて、先取特権の場合にもまたその担保権の効力が契約解除により生じた原状回復義務の履行不能による損害賠償請求権に及ぶとすることはできない。留置権や先取特権のごとき特定の債権の保護を目的とする法定担保物権にあつては、これにより担保すべき債権は法律に定められた特定の債権に限られ、たとえ右損害賠償請求権が本来の給付の変形、化身であるといえるにしても、法律の規定を無視しみだりに法定担保物権の効力をかような債権にまで及ばしめる解釈は明らかに不当である。要するに、動産売買の先取特権に関する民法三二二条の規定は、売買契約が存続する限りにおいて、契約の履行を欲する売主の債権を保護するためにのみ設けられた規定であつて、契約の解除によつて売主が担保権を喪失する不利益の救済は右規定の解釈の及ぶところではないのである。してみれば、抗告人に所論の先取特権はないから、抗告人の本件債権差押命令の申立を却下した原決定に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官古市 清 裁判官松本昭彦 裁判官岩田嘉彦)

抗告の趣旨

松江地方裁判所民事部が、昭和六一年九月一九日にした動産売買による先取特権に基づく債権差押命令申立てを却下する旨の決定を取消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

抗告人は、先に提出済みの御庁昭和六一年(ナ)第二号債権差押命令申立事件の却下決定に対する抗告申立につき、抗告の理由を以下のとおり主張する。

第一 抗告人は、昭和六一年七月八日債権差押命令申立てをし、松江地方裁判所昭和六一年(ナ)第二号として受理された。

第二 松江地方裁判所民事部は、昭和六一年九月一九日に、前記申立は後記第四並びにその一、二に示す理由にて却下する決定を下した。

第三 一 抗告人は、この却下理由につき全て不服であるが、その理由を示す前に再度、本事案を整理しておく。

本事案は、抗告人債権者アダチが本件売買商品を債務者株式会社昭和産業に売却し、昭和産業は、これを松江記念病院の建設工事を請負つていた第三債務者株式会社森本組に売却したというものであるが、債権者アダチは昭和産業との昭和六一年三月二四日の本件売買契約締結後、右約旨に従い、昭和産業からの転売人である森本組更には松江記念病院の指示に従い、昭和六一年三月二四日から翌七日にわたり上記商品を数回に分けて上記病院に搬入し備え付けたのである。

二 債権者アダチと債務者昭和産業との本件契約の存在は甲第一ないし三、同五の一ないし三、同七、同九、同一〇の一ないし七、同一一、一二、同一三の一、二、同一五号の各証拠により明らかであり、また昭和産業と森本組との本件売買商品にかかる売買契約の存在は、甲第四、同一四号証により明らかである。そして債権者アダチが本件商品を松江記念病院に搬入し、現在同病院にて占有使用中であることは甲第二号証にて明らかになつている。

三 ところが、昭和産業は債権者アダチとの売買代金支払いの約定期日である昭和六一年五月一〇日になつてもその履行を全くしないので、債権者アダチは同月二七日付及び翌六月二日付で昭和産業との本件売買契約を解除した。

以上の事実により、債権者アダチは昭和産業に対し損害賠償請求権を取得すると同時に、昭和産業並びに森本組に対し本件商品の返還を求めたが現在までその返還を受けてはいない。

第四 そこで本却下決定の理由であるが、本決定は「法定担保物権である動産売買の先取特権による物上代位権行使の場合〜申立書において被担保債権及び請求債権として売買契約解除後の買主の債務不履行による履行に代わる損害賠償請求権(填補賠償請求権)を表示し、動産売買の先取特権に基づく物上代位権を主張することは許されない」とする。

一 そして、更にその理由として、本決定は、先ず「動産売買の先取特権は、売主の所有物には成立しない他物権であり、かつ動産の売買により法律上当然に発生する担保物権であつて、売買契約解除によつて売買の目的物の所有権が売主に復帰するとその存立基盤を失うものである。」とする。

(1) 然し乍ら、本事案は、第三記載の事実から明らかな様に、解除される迄の本件売買契約から生じた法律効果を基礎として、債権者アダチが解除権を行使するまでの間に既に新たな権利を取得した森本組更には松江記念病院が存在しており、しかも本件売買商品は全てこの解除権行使時までに昭和産業、森本組の指図により上記病院に搬入備え付けており、その後も同病院にて使用中である。

(2) この結果、本契約解除によつても森本組らは解除前の第三者として保護されることとなり(民法五四五条一項但書)、法は、この第三者を保護するため、左記但書によつてアダチと昭和産業との処分的な法律効果が遡及的に効力を失うことはないとしたのである。したがつて、本件の場合、アダチの本解除権行使によつても売買の目的物の所有権がアダチに復帰的に帰属することもないのである。

(3) この様に、本件売買契約の目的物の所有権は、アダチから昭和産業へ、そして森本組から松江記念病院へと移転しているのであり、債権者アダチは、依然として動産売買の先取特権により保護される存立基盤を失なつていないということができるのである。

二 次に決定はその却下理由として、動産売買の先取特権は「売主を保護するため売買代金それ自体に与えられるものであるから〜売買契約解除を前提に買主の債務不履行を理由とする履行に代わる損害賠償請求権そのものを被担保債権及び請求債権と明示して動産売買の先取特権を特定し、これに基づく物上代位権の行使を認める見解は、妥当ではない」とする。

(1) この点につき、確かに本先取特権は、所定条文上「売買代価」に与えられるものとされている。然し乍ら第三で明らかにした様に本事案において、本件売買契約は、昭和産業の売買代金債務の不履行を理由に解除され、アダチは、昭和産業に対し、填補賠償としての損害賠償請求権を取得しているのである。

契約の解除は、当然のこと乍ら、本件売買契約の遡及的失効を意図するものであるが、法は、解除してもなお損害賠償請求権は、債権者の保護を図る為存続するとしている(民法五四五条三項)。つまり、解除により、その一切が遡及的に効力を失なうとなると債権者の不利益は計り知れず、この不利益を回避するため、失効の程度を大巾に制限しているのである。

(2) ところで、この存続する損害賠償請求権の性質であるが、債権者を保護するため、債務不履行の責任が残存するもの(大判昭八・二・二四民二五一外)でありこの請求権が売買代金債務の内容を変更したのみであつて、債務はその法律上の同一性を保持すること争いのないところである。

つまり、この損害賠償請求権は、法律の規定によつて別箇新たに発生する債権ではなく(大判明四一・一・二一民録一四輯一二頁外)、本来の債権である売買代金請求権が、その目的を変更したものにすぎないものであり(但し本事案では、双方の請求権の目的はいずれも一定額の金銭であり、実質的にもその目的に変更はない)、双方の請求権は法律上同一性を保つているのである。

そして、この様な同一性があるからこそ、本来の債権である売買代金請求権の担保の効力は、この損害賠償請求権にも及ぶと解されているのである(我妻栄「新訂債権総論」一〇一頁外)。

(3) このことを他の民法条文にみると、三四六条は質権の効力として、当事者がその被担保債権の範囲を定めなかつた場合に備え、その担保の効力の及ぶ範囲を定めているが、これによると「元本」の外「債務の不履行に因り生じた損害の賠償」をも担保するとしている。これは、この賠償請求権が、本来の債務の目的を転換又は変容したものにすぎず、その同一性は保持されており、したがつて本来の債権が損害賠償請求権に変わつても質権は消滅することなく当然に質権によつてその請求権が担保されるべきであるとの立場に立つているのである。

(4) 以上のことから考えると本決定は、本件先取特権は「売主を保護するため売買代金それ自体に与えられる」ものであるとするものの、争いのない上記解釈からみて債権者アダチが取得した損害賠償請求権は、売買代金債権それ自体と法律上も又実質上も同一性を失なうことのないものであり、この損害賠償請求権の主張は実質売買代金請求権の主張とも言えるものである。

そして民法三四六条の前記(3)の立法趣旨は同じく担保物権である本先取特権にも当てはまり、被担保債権を制限する民法三七四条の如き規定が本先取特権には存在しないことからみても、更には解除後も損害賠償請求権が残存するとの規定並びに本先取特権は、いずれも公平ないし債権者保護を旨とする規定であることから、本件の場合も動産売買の先取特権に基づく物上代位権を主張しての差押えを申立てること許容されるべきものと考えるべきものである。

第五 以上の結果、上記却下理由はいずれも不当であり、よつて、抗告の趣旨記載の裁判を求め、民事執行法第一四五条第五項、同第一〇条によりこの執行抗告を申し立てる次第である。

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